2010年3月 7日 (日)

ダンディズムを造る

「男は30歳を過ぎてから」なんて言葉をよく耳にする。

それはダンディズムのスタート地点であり、このスタートの仕方によって今後の人生が左右されるといっても過言ではない。
自分が50歳を過ぎた時、白洲次郎になっているか、はたまた定食屋でひとり昼間から酒をあおるヨレヨレTシャツのオヤジになるのか。
そう、人生の曲がり角である30代は重要な分岐点なのだ。

自問自答、試行錯誤を続け人間は成長を続ける。
時に、堕落をし、そしてまた一歩づつ行動をおこす。
わずかな一歩づつであっても、着実に行動を積み重ねた者だけに与えられるダンディズム。
それは女性の色気に関しても同じことが言えるだろう。

そんなことを日々考えながらも、人生最大の敵「面倒臭い」と戦いながら、ひとつ行動をおこしてみた。
そして、私はルネッサンス期の羅針盤をも凌ぐ発明品に出会ってしまった。

それが、電動歯ブラシである。

ダンディズムと色気を手に入れる為、インターネットと呼ばれる迷える森の中を探索した。
そしてたどり着いたのが、ブラウンの電動歯ブラシである。

そう、朝レポといえばウィッキーさんというイメージを破壊した、あの「朝、剃ったばかりなのに!?」のブラウンだ。

インターネット最大手アマゾンにて購入。
そして待ちに待った佐川急便が到着。
白い歯を待ち望んだばかりか、この日ばかりは佐川急便のお兄さんが東幹久に見えてくる。
決してタイガーウッズではない。

到着後、無我夢中で早速開封。
さすがは、ドイツ製品。
頑固なまでに密閉されたパッケージ。これが、なかなか開かない。
焦れば焦るほどほど開かない。輸入版CDのあの感覚と同じである。

早く開けなければという責任感と緊迫感。
そして、どちらにハサミを入れたら良いのかという疑問。
流れる汗。震える指先。曇るメガネ。
赤か白か。

まるで爆弾処理。

数分後、見事に開封され、我が家で産声をあげた、ブラウン電動歯ブラシ。

しかし、呼吸がない。

そう、充電が必要なのだ。

21世紀になってもいまだ解決の糸口が見当たらない、電動物を買ってもすぐに使えないというジレンマ。
なんとかならないものかと思うのは私だけではないだろう。

カウンターアタックで即効攻撃。
充電器に見事なスルーパスを渡し、コンセントへゴール。
緑のランプが見事に点灯。

そして、待つこと2時間。

恐ろしいまでにグルグル回転するブラウン。
まるで、馳浩。

これを口内に投入した時点で、歯が全て無くなってしまって、明日からエンペラー吉田になるのでは、という恐怖感すら覚えた。

しかしである。

これがなかなか気持ちが良い。
あらゆる電動物は気持ちが良くなくては商品としての価値が無いのが、これは見事にクリアをしている。

そして口内を縦横無尽に駆け巡ること約2分。
口を濯ぎ、歯を見てみると、あらまビックリのツルッツルである。
歯垢が取れた私の歯は、恐らくヅラを取った小倉さん並みだろう。

指で歯をなぞれば、「キュッキュ」とバイオリンの音色。
まぎれもない。
口の中に葉加瀬太郎がいる。
小さい葉加瀬が情熱大陸を奏でている。

そして、艶やかに輝く白い歯。
肌の色とのコントラストの広さは、松崎しげる並みである。
まさに美しい人生、限りない喜び。

やがてこの小さな一歩が、我が人生をダンディズムへと導くだろう。
これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。

オススメ。

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2009年11月23日 (月)

最近、子役が元気だ。

今年も既に発表された、流行語大賞のノミネート。
その中でも一際私の目を引いたのが「こども店長」である。

ちなみに、こども店長の説明を引用すると・・・
2009年4月から始まったトヨタ自動車のCMシリーズで、子役の加藤清史郎(2001年8月4日神奈川県生まれ)が自動車販売店の店長を演じる。赤いジャケットがトレードマークで、エコカー減税を子供らしい可愛い比喩でPRする。
と、いうことだ。

しかし、この子供らしい可愛い比喩が疑問だと思う。

あんな礼儀正しい子供は嫌いだ。子供らしさが感じられない。
これも時代の変化か。それがカワイイと世間から評されている。
もう少し生意気でいいじゃないか。

落合福嗣みたいに。

更には、赤いジャケットが子供らしさを欠けさせている。

高島忠夫か。

と、まあ、色々と考えていたら、新たな人気子役を発見してしまった。

アヤカ・ウィルソン。

チャックの娘?
と、我々世代は真っ先に思ってしまうだろう、ウィルソンの魔術。
どうやら、関係ないらしい。

仮にチャックの娘ならば、目の瞳孔が開いたまま相撲をとってしまうだろうし、まるごとハウマッチで、小額計算を出してしまうだろう。
もうやってないけど。

ちなみに、サンコンの息子はヨンコンです。
それだけで、少し嬉しい。

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2009年11月10日 (火)

ヒロ=イケメンの法則

イケメンという言葉が誕生してから何年が経ったのだろう。

そんなことを考えている昨今。

どうやら巷ではイケメンといえば「ヒロ」らしい。
このイメージが既に定着しているようだ。

しかし、私にしてみれば、イケメンといえば「ヒロ」というのは20年前から知っていることであり、何の驚きもない。
むしろ、「何を今更言っているのか?」である。

なんぞと思っている矢先。
予想だにしない事実が判明した。

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ヒロ違い。

どうやらミスターセントーンとは何の関係もないようだ。

因みに、画像の彼はグレート義太夫ではない。
ましてやマサ斉藤の親類でもなければ、水嶋ヒロの兄弟でもない。

紛れもない、ミスターセントーンである。

そう、ヒロはいつの時代もイケメンなのだ。

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2008年12月11日 (木)

「いないいないばぁっ!」に潜む大きな謎

私も一児の親となり、0歳児と共に年甲斐もなく子供番組に釘付けである。

そんな中、要注目の番組を発見した。
NHK教育テレビの「いないいないばぁっ!」である。

コノ番組中、どうしてもどうしても、気になって気になって、飯も喉に通らない事態が。

それは子供番組のクセに、妙にリアリティーのある二足歩行の巨大な犬に違和感があるとか、ヘビの手袋ぬいぐるみが東京コミックショーを彷彿させるとか、そんなレベルでは決して語りきれないことだ。

その気になることとは。
そう、この番組の進行役である、「ことちゃん」(推定10歳)である。

その彼女。
進行が尋常ではないほどに上手いのだ。

実は背中にチャックが付いていて、中に中山秀征が入っているのでは、と疑ってしまうほどである。

そして、上手いのは番組進行だけではない。
歌、踊り、子供の扱い、空気の読み方、巨大犬との掛け合い、などなど。
とても、推定10歳児とは思えない突飛抜けた能力を惜しげもなく披露している。

実は背中にチャックが付いていて、中にグッチ裕三が入っているのでは、と疑ってしまうほどである。

品川庄司に見習わせたい。

見れば見るほど不思議な「ことちゃん」。
本当は36歳NHK所属のキャリアウーマンで、たまたま小さいだけではなかろうか?と思っているのは、私だけではないだろう。

アーノルド坊やのように。

ちなみに、アーノルド坊やと、エマニエル坊やは別人で、本当はオトナだか子供だか不明。
間違いやすいのは、エマニエル坊やはシティコネクションで、カリフォルニアコネクションは水谷豊ということ。

だから、水谷豊は本当は子供。

歌唱力は。

と、まあ、頭が混乱してしまい、飯が喉も通らないというわけである。

冗談、顔だけにしてよね。キンバリー。

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2008年12月 3日 (水)

新語・流行語大賞と死語の行く末

早くも師走に突入し、「新語・流行語大賞」が決定する時期となった。

今年の大賞は「アラフォー」と「グ~」という結果だ。

毎度思うことだが、大賞語がそれほど流行っている感覚を受けない。

あの大胆な表情で「グ~」をやっている友達に会ったこともなければ、エドはるみばりの壊れたOLはウチの会社には存在しない。
ただテレビで頻繁に見るという感覚だけで、流行を肌で感じられる機会には出会わなかった。

特にアラフォー。
はっきり言って、この受賞ノミネートがあるまで、そんな言葉の存在すら知らなかった。
私の中では、「アラフォー受賞?あら、そー」である。

こんな寒いギャグを堂々と記事にできる自分で自分を褒めてあげたい。

そう、流行とはいつか去るものだ。
先ほど、堂々と使った、「自分で自分を褒めてあげたい」もとっくのとんまに死語である。

とっくのとんまも、ですが。

流行を先取りするのはカッコいいことかもしれない。
流行に乗ることは、世の中を上手く生きてゆく手段の一つであるだろう。

しかし、流行に遅れてしまうことは決してカッコよくもなければ、世の中を上手く生きてゆく糧にもならない。
流行の後追いは、流行に決して乗らない無骨な生き様とはまた違う。ただのダサ扱いになってしまう。

「きょうは花金だし、街でも繰り出さない?」

紺ブレが脳裏をよぎるこの会話はダサイ以外のなにものでもない。

「おニューのボディコンを着た、ナウなヤングがディスコでフィーバーしてるぜ!」

こんな会話をした日には、「ゲロゲロ~、おっくれってる~」だ。

そんなおセンチな死語ではあるが、最近ひとつ見直している言葉がある。

それは、オヤジギャグの王道「ドロン」である。

飲みにけーしょんの席のこと。
マンモス帰りたいがなかなかそれを言い出せないという状況があるだろう。
ぱーぷりんな新人類がイッキイッキと盛り立てていたらなおさら、「めんご、先にばっくれ」というわけにはいかない。

そこで登場するのがコレだ。

右手の人差し指を立て、左手でそれを握り、また左手の人差し指を立てる。
忍術のポーズである。

「部長、明日早いんで、今日は私コレで」

といいながらこのポーズ。

忍者が姿を消す時に出る音「ドロン」。
オヤジギャグと世間は馬鹿にするが、実に奥が深いではなかろうか。

愛嬌のあるこの仕草をする頭ネクタイの七三分けを見たら、なんだか、帰らしてあげたくなるのが正直な感想だ。

世間はオヤジギャグを軽蔑する傾向がある。
しかしながら、これはオヤジ流の不器用なコミュニケーションなのだ。

遅刻の理由に「ウイッキーさんに捕まった」を使うオヤジ。

アゴに手を当てれば、「ウ~ン。マンダム」。

驚いた時には「そんなバナナ!」。

気合いが入れば「やるっきゃない!」。

質問されれば「なんじゃらホイ?」。

失敗すれば、額に手を当て「あちゃ~」。

ひどいオヤジになれば「アジャパ~」。

トドメの言葉は「許してちょんまげ」。

許してあげようではないか、オヤジたちを。

世間の流れに置いてかれても、今尚遠慮もなく古き日本語を多様するオヤジたち。
彼らは日本の高度経済成長を支えてきた。
こんな恥ずかしい言葉を連発できるオヤジたちを、もう一度尊敬するべきであると思う。

いずれ仲間入りですから。

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2008年11月25日 (火)

誰も知らない笑える歌

どこの誰だか知らないけれど、誰もがみんな知っている。
どっちですか?川口康範先生。

ところで、現在、日本テレビ系列にて「誰も知らない泣ける歌」なんぞという番組が放送されている。

今更、言うべきことではないだろうが、私はコノ手の番組が大嫌いだ。
勿論、見る気も無ければ、見たこともない。

そもそもタイトルがストレートである。
「視聴者を泣かす」のが目的であることがあからさまである。
そして、視聴者側も「泣くこと」を目的として見るのがあからさまだ。

はじめから泣くことを目的にしているところが、肌に合わないのだ。
恐らく、泣いている自分がちょっと好きだったり、純粋なところをアピールしたいような人間が積極的に見るのだろう。

ましてや司会は西田敏行。
西田敏行、ざこば、ベッキー、徳光の目には蛇口がついているだけだから、決して釣られてはならない。
徳光に至っては、数秒前までダムの放流だったのが、競馬が始まった途端に砂漠になるシステム。
もはやイリュージョン。テンコーもビックリ。

視聴者は「泣きたい」を求め、番組サイドは「泣かせる」を製作する。
それが求められる時代なのか。

私がプロデューサーなら、真逆の番組を製作するであろう。
「誰も知らない笑える歌」を。

当然の如く、第一回のゲストは「水谷豊」。
歌声だけで笑いを取れる、神の声を持っている。

先日、20年ぶりのライブを1万人の観客の前で敢行した水谷豊。
恐らく、9割は笑点の客席気分。たぶん、隣に歌丸。

そしてスペシャル放送に至っては、あの伝説の男をゲストに迎えたい。
そう、マッチョ・ドラゴンこと「藤波辰巳」である。
神をも超越した存在。

彼の場合。音程の取り方、声、リズム、全てパーフェクトである。
ナイフの切れ味を持った彼の歌声に、ブラウン管の前では失神者続出が必至であろう。
もしかしたら、壊れた時計が突然動き出すかもしれない。

そんな、マッチョ・ドラゴンはこちらから。↓。

まさにジャイアニズム炸裂。

「大橋のぞみ」がかすんで見える。

日テレさん、「笑える歌」の放送、お願いします。

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2008年11月18日 (火)

シマノ鈴鹿の熱い夏。2

当ブログ管理人本人である私でさえ、ブログをやっていることをすっかり忘れている始末。
そんな釣りから帰った若人あきら状態で挑む記事は、これまた記憶の片隅から消えかけいる鈴鹿サーキットの続き
どうぞ。

雨も若干弱まったころ、山口率いる我々御一行は鈴鹿サーキット内へと自転車で向かった。

ピットに自転車を止め、受付でゼッケンと計測チップといわれるセンサーを受け取る。
このセンサーというのが実に優れもの。
自転車に取り付けることにより、何週走ったのか、何分でゴールしたのかが把握できるようになっているのである。
よって、周回遅れなのに速い人と一緒にゴールする、運動会でのデブ小学生にはならないのである。

自転車のフロントフォーク部分にインシュロックという一度締めたら切るまで外れないバンドでしっかりと固定する。
走行中外れないようにギュギュっと締め上げる私たち。

そして、全員が設置完了。
自転車を再び移動させる為、ハンドルを握り前へ進み出す我々。
ところがである。
若干1名の動きが奇妙だ。

山口である。

前へ進もうとするがどうにも動かない。
押してだめなら引いてみる。しかしこれも動かない。
どうやら、センサーを付けたフォークとホイールのスポークをインシュロックで縛ってしまったらしい。
つまりタイヤを縛り付けて動けなくなってしまったということ。
さすがは「Mrおっちょこちょい」。まるでバッグの周りをグルグル回るパントマイム。

その後、センサーは無事付け直し、レースまで待機することになった。

レース中は特に面白いこともないから、記事にしない。
ただ、体中から「出てはいけない物まで出てしまったじゃねぇの」っていうくらい苦しかっただけ。脳汁とか出た感じ。

レースも終わり、駐車場まで戻る私たち。
必死に走った疲れと、やっと終わったという安堵感が交差する中、自転車を積み片付け、私服に着替える。

基本的にレース用のスパッツはノーパンで履くものだ。
だから脱ぐとツインツインブーラブラになってしまうので、車の中で交互に着替える。

アイドルみたいに。

私が一番に着替え終わりホッとしていると、山口の着替える番が来た。
彼は狭い車内では着替えずに、タオルを巻いてツインツインを隠しながら着替える。

古くから伝わる伝統的な戦法だ。

腰にタオルを巻きパンツを脱ごうとした山口。

「あっ、そうか!」

と山口。
どうやら頭の中で電球が点灯した模様。

そう、レース用のパンツという物は、レスリングのユニフォームのように肩から提げて履く物なのだ。
つまり、タオルを巻いたところで肩紐が邪魔をして脱ぐことは不可能なのだ。

誰もがその空気に気がつき、「山口さ~ん、もぉう、おちょっこちょいなんだから~、肩紐をはずしてからタオルでしょ!」という空気になった瞬間。

突如、上着を着る山口。

余計に脱げないのですが・・・。

肩紐の上に上着を着たままタオルを巻き、パンツを脱ごうとするが一向に脱げないまま、あたふたする山口。

しばらくの直立不動後。

「あっ、そうか!」

と山口。
どうやら頭の中で電球が点灯した模様。

気が付くのが遅すぎです。

こうして、山口のおっちょこちょい伝説は幕を閉じたのだった。

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2008年9月 9日 (火)

シマノ鈴鹿の熱い夏。

全国、数十人のヲタススファンのみなさま、こんばんは。今更、言わなくても伝わっているだろうが、やる気2%の管理人です。

で。

先々週末、鈴鹿サーキットにて自転車レースが開催された。
「シマノ鈴鹿の熱い夏」なんぞのタイトルを裏切るかのような、極寒豪雨のあの日の出来事である。

そんな、異常気象を感じたこの日。
天からの災いか、はたまた神の悪戯か。
ひとりの男に笑いの神様が降臨した。

その男の名は「山口」。
そう、毛深さだけは、誰にも負けない男の中の男である。全身、闘牙のもみあげ並み。

この話は、そんな自転車に情熱を燃やしたひとりの熱き男のヒューマンドラマである。

時は深夜1時。
暗黒に染まった空が涙を流すかのように、雨を降らす深夜。
交通量もまばらで、時降り水溜りをはじく車の走行音が、この日の悪夢をあんじているかのようだ。

そして、集合場所に8人の仲間が終結した。
2人、6人で2台の車にわかれ、鈴鹿に向け浜松を出発した。

8月とは思えないほどの記録的な豪雨を観測したこの日。
車中泊をしようとせども、興奮と車のボディを叩きつける雨音のせいで思うように眠れない。

車中の湿度がどんどん増してゆく。
気温の低いこの日だが、エアコンの風を浴びていないと快適なドライブができない。

そんな時である。

山口が上部にあるエアコンの排気口に手をかざし、風の向きを変えようと立ち上がった。
と、思ったら、「カンッ」て音がして、「パコ」って椅子に戻され座ってた。
しかも、素の表情で。

そう、この男、シートベルトをしているの忘れ立ち上がり、エアコンまで数ミリのところで手が届かず、元に戻されたのである。
まるでゴムひもに繋がれた芸人だ。

この時点では、まだ彼に神が降臨しているとは誰もが予想だにしなかった。
しかし、ここからソフトボール女子日本代表なみの快進撃が続くのだった。

空も一時の休息。
雨も疎らになった頃、ようやく鈴鹿サーキットに到着した。
午前3時半の出来事である。

早めの到着と思いきや、一番近くの駐車場は既に満車。
そこで、少し遠めの駐車場に移動した。

駐車場に到着したものの、サーキットまではかなりの距離がある。
そこで自転車に乗り換え、向かうことに決定した。

チームウェアに着替え、自転車を車から降ろし、サーキットに向かおうとした時。
まだ乗ってもいないのに外れる、山口の自転車のチェーン。
神、降臨。

必死でチェーンを直す山口。
既に手は油で真っ黒だ。

そして、チェーンも元通りに戻り、山口は手を洗いに便所に向かった。

山口の帰りを待つ我々。
便所から出てきた山口がこちらに向かい歩いて戻ってくる。
なぜか、右足を引きずりながら。

その足を確認してみると、なんと大流血。
ブッチャーに腕をフォークで刺されたテリーファンクなみ。
靴下は真っ赤に染まり、実に痛々しい模様。

詳しく状況を聞いてみた。
段差を見過ごし、ブロックにスネを打ったらしい。

この時からである。
彼のニックネームが「Mr.おっちょこちょい」になったのは。

そして、我々はレース前から流血しているこの男と共に、サーキットへと自転車で向かったのだった・・・。

続く。

次回、ヲタクノススメ。
「山口さん、レーパンの脱ぎ方、間違ってますよ」の巻。

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2008年8月 9日 (土)

casper bowl tour '08

お盆休みの最終日。
8月17日にちょっと、大きめのイベントを組んでみました。
入場無料。是非遊びにきてください。

場所:
新居町 レストラン「タコストレイジャ」
浜名郡新居町新居3396-6
国一沿い。弁天島と新居町駅の中間の海側です。バッティングセンターの近くです。
かなり広いので家族連れでもOKです。
駐車場も100台近くあります。

メキシカン料理とドリンクが充実しています。
2階からは海が一望でき、駐車場から歩いて1分で海です。
ロケーションは最高です。きっとビールが最高です!!
http://tacostrella.com/index.html

オープンは11:00。体力があれば23:00頃までおこなう予定です。
お好きな時間にどうぞ。
僕はいつでもいます。

入場時に500円で1ドリンクを注文してもらえれば、入場料はかかりません。

当日は、レストラン2階に、自転車メーカー、靴ブランド、サーフブランド、スケボー、ネイルアート、レゲエグッズ、洋服屋の販売・新作展示等のショップが出店します。外には高級欧州自転車の試乗車もあります。
1日遊べるイベントです。

ライブとDJもあります。
僕らのthe roarsの出演は14:50前後です。
その時間付近におやつを食べながら来てもらえると嬉しくて、ウレションします。

CASPER BOWL TOUR '08
タイムテーブル
11:00- DJ    honey
12:00- DJ   ANMA
13:00- DJ   OZA1
14:00- LIVE  地球儀
14:25- DJ   HEIGHT at CRUSH CREW
14:50- LIVE  THE ROARS
15:15- DJ   HEIGHT at CRUSH CREW
15:40- LIVE  WE
16:05- DJ   MIGHTY ROOTS MESSENJAHS
16:30- LIVE  TRADITIONAL ASIA
16:55- DJ   MIGHTY ROOTS MESSENJAHS
17:20- DJ   ROPE
18:00- LIVE  MATTCHANBAND
18:25- DJ   QUA-KEN
18:50- LIVE  MOLOTOV U.S.K
19:15- DJ   QUA-KEN
19:40- LIVE  THE SELLCANCERS
20:05- DJ   ABE
20:30- LIVE  ZENOVAH
21:00- DJ   ABE
21:30- DJ

よろしくです!!
お暇なら来てよね!!
Casper_bowl_tour_2

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2008年7月11日 (金)

高校野球・応援団編

実は、私。
伝統ある某高校の応援団で団長を務めていました。

高校入学時から即応援団活動は開始。
スパルタとも呼べるしごきや鬼の練習、礼儀に厳しく、ゲイバーなみの上下関係に耐えた。
2年生の時には我が母校は甲子園出場。炎天下の甲子園球場の演台で迫真の演技を披露することができた。
そして、3年生になった時は、団長として後輩の育成や全校生徒のまとめなど、言葉には決して表すことのできない苦労を重ねることができた。

あの頃、私はカッコよかった。小栗旬なみに。
そんな青春時代の深い思い出がいっぱい詰まった応援団。
それが今、無くなろうとしている。

時代の流れに乗り切れなかったか。
現在の応援団員は全学年で、たったの4人。

たった4人では何もできない。
太鼓もいなければ、団旗を掲げる人もいない。
金もいらなきゃ、女もいらね。わたしゃ、も少し背が欲しい。

そんな状況下の為、今回は応援団OBが協力することになった。

応援前日。
一通のメールが届いた。
OB会より私に指令が下ったのだ。

「学ラン持参」

と。

私、三十路を過ぎましたが。

30歳過ぎて学ランを着ていいのは学生コントでお馴染み「ゆーとぴあ」だけだ。
これは憲法に定めたいくらいの鉄則だ。あのゴムパッチン芸は無形文化財に相当する。

「先生!」

「おお、生徒!」

ズッコケ。

この一連の流れに乗りたくない為、学ランを持参せずに球場に向かった。

球場に到着するや、荷物運びからの手伝い。
応援席に到着後は、太鼓の準備や団旗の準備に取り組んだ。

太鼓を叩くのは去年卒業したばかりの若手OBたち。
そして、団旗を掲げるのは、20年以上前に卒業した、ベテランOB。
まさに、ダルビッシュ対清原の風貌だ。

球場の一番後ろ。希望と共に大きな団旗を掲げるベテランOB。
おそらく、会社では役職がついているだろう。
部下にも尊敬され、家族にも愛され、友人たちも多く慕われているだろう。
もうじき40歳。人生の大先輩。

学ランである。

学ランを身にまとい、入らなくなったズボンは礼服でごまかし、学生帽をかぶる40代がふたり。放送コード、ギリギリだ。
肩から下げた皮ベルトを腰まで回し、そのベルトには長いポールを挿す。
長いポールの先には、風になびく藍染めの大きな団旗。
それを中腰で支えつづける。

会社の部下よ。
そんな上司を許してやってくれ。
視点を変えればカッコいいではないか。

決して学生コントではない。

危機感に包まれた応援団。
現役の人数の少なさから、OBが自ら体を張り団旗を支え続ける。
観客からは白い目で見られ、現役からも不安げな目で見られる。

そんな状況を察知してか、2年前に卒業したばかりの若手OBが現役の団長に喝を入れにきた。

「この状況を見ろ!俺より遥か年上のOBが、恥ずかしい思いを我慢してがんばっているんだ。
お前らが、頑張らなくてどうする。気合入れろ!」

確かにその通りだ。
盗み聞きしながら、心の中でうなずく私。

風になびく団旗を一生懸命抱えているだろう大先輩。
重く大きな団旗を掲げる大先輩の勇姿をもう一度確認する為、私は振り返り、球場の一番後ろに目をやった。

写メ、撮りあってました。

学ランに学生帽のオヤジが旗を掲げる。
その姿を、学ランに学生帽のオヤジがパシャリ。

終わったかと思いきや、旗とカメラをチェンジしてパシャリ。
お互いケータイを見せ合う学ランのオヤジ。

それを繰り返すふたりのオヤジ。

大きいよ。大きすぎるよ、大先輩。

彼らには恥ずかしいなど微塵もない。
あるのはむしろ学ランに対する誇りである。

例え、放送コードがギリギリでも。

人生はゴムのようなものだ。
長いようで短い。短いようで長い。
さあ、人生を噛み締めるのだ。

頭の中で、そう聞こえた。ゴムパッチンの音も。

一刻も早く、そんな先輩に近づきたい。
そんな野球応援だった。

ちなみに。
こんな記事を書きながらも、応援団の存続は笑っていられる場合じゃございません。

更に、過去に学ランをかけた罰ゲームをやったこともございます。コチラ。二部構成。

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